かつて、東京・表参道に大坊珈琲店という世の珈琲愛好者を唸らせた名店がありました。
1975年の開店から38年間、毎朝小さな手廻しロースターで豆を焙煎し、ネルドリップで一滴一滴コーヒーをつくり、真摯にコーヒーと向き合い続けてきた店主・大坊勝次さん。
唯一無二の一杯を求め、この店を訪れた人は数知れず。2013年12月に店舗ビルの老朽化に伴い閉店した後も、大坊さんが淹れるコーヒーの味わいを忘れられずにいる人は多いはずです。
今は記憶の中に眠るコーヒーの深いコクと澄んだ後味。
それを思い起こすため、大坊珈琲店監修のもと、店で使用していた道具を東屋が忠実に再現しました。
38年間、自家焙煎とネルドリップというスタイルを変えずに、コーヒーをつくり続けた大坊珈琲店。
その昔、銀座の珈琲店〈カフェ・ド・ランブル〉で、琺瑯の口細ポットからお湯が糸のように揺れながら落ちてゆく線に感動した大坊さん。口細のポットとネルフィルターはこの時に決定されたといいます。
ネルは最も厚手の無漂白のものを選び、型紙を作って裁断しました。フィルターに通した針金は径3mmの硬いものをウイスキーの瓶で丸く曲げて作り、市販のヤスリ用の柄に6mmの穴を空けて用いたそうです。
身の回りにあるごく普通のものを自身にとって最適な道具に磨き上げる見立てにも、コーヒーに情熱を傾け、人生を注ぎ込んできた店主の姿勢が滲みます。
コンソメスープを漉すために使われていた片起毛の厚手のネル地は、試行錯誤の末に辿り着いた理想的な材質です。ネルの良さは濾過能力にあります。両ネルよりも片ネルの方が濾過能力があり、厚手のものはよりコーヒーを透明にします。微粉も片ネルの方がきれいに洗い落とせます。
抽出の前半、お湯が粉全体に行き渡るまで、ネルはふくらみながらお湯を含んでくれます。抽出の後半では、ふくらみと起毛が流れを促し濾過を早めてくれます。
起毛は外側にします。ネルがふくらむ時起毛は起き、それによって滲み出る流れがよりスムーズになるといいます。
お湯が一滴一滴落ち、徐々に滴が連なるように、それから細い糸のように。タチッタチッ・コロコロ・ツーが大坊さんの注ぎ方です。
ネルのかたちも円錐形ではお湯が溜まりやすく、浅い半円のものが大坊さんの抽出方法に向いており、必然的にこのかたちになりました。
ネルでドリップしている間は、両手が塞がり他のことが一切できないので、自然と抽出することに集中します。慌ただしい日常から少し離れて、ゆったりした時間の流れの中で丁寧につくるコーヒーは格別なものです。
コーヒーを飲むだけでなく、つくる楽しみを与えてくれる大坊珈琲店の道具たち。1杯のコーヒーに向き合う時間、そしてコーヒーの醍醐味をより深く味わうことができます。
◎ 使用前
下ろしたてのネルフィルターは、湯煎にしコーヒー液を混ぜてなじませます。
使用する際は、お湯でよく洗って絞り、乾いた清潔な布で挟んでたたき、ネルの毛が少したつくらいまで水分を取ります。
◎ 使用後
使用後は木柄を外し、コーヒーの粉を取り除きお湯でよく洗います。ネルに匂いや成分を残さないために、洗剤の使用は控えてください。何より大切なのが、コーヒー豆の微粉や油分を洗い流し、目地を詰まらせないこと、酸化臭をつけないことです。たまに煮沸するとなお良いかもしれません。
◎ 保管
保管する時は、新鮮な水を張った容器にネルを浸して冷蔵庫に入れます。長期間使用しない場合は、湿らせたままジッパー付きの袋に入れて冷凍庫で保管します。
洗ったネルを乾かしてしまうと、フィルターに残ったコーヒーの油分が酸化し、風味を損なう恐れがあるのでおすすめしません。大坊さんは、日向臭いような匂いを感じるそうです。
目地がつまると流れが遅くなります。流れを遅く感じたり、汚れが目立ってきたらネルの交換時期です。
替えのネルもあります。手縫いですが、お裁縫が苦手な方もぜ挑戦してみてください
![]() 内側 | ![]() 外側 | |
![]() 楢 | ![]() 大 |
平成9年の創業以来、信頼できる国内のつくり手と協働し、生活の為の道具を生み出している東屋。この国の暮らしの歴史の中で生み出され、永く愛用されてきた、数々の道具。いつも静かにそこにあり、確かに役に立つ。そういうたくさんの「もの」と心地よく調和し、豊かな時を過ごすことができるように、「もの」と、「もの」を作り出す仕組みの創造を目指しています。
![]() コーヒーポット (ステンレス) | ![]() コーヒーポット (銀めっき) | ![]() ネルフィルター 大3〜4人分 | ![]() ネルフィルター 小1〜2人分 |