抜粋 プロローグ 爆弾投下十二時間前 一九四五年八月五日 日曜日 広島 縮景園 坪井直はあの夜の庭園の美しさを決してわすれない。木々や池、小さな太鼓橋、池を臨んで点在する枯淡な趣の茶室。松の香は清新で、岩の上では真っ白な鷺が眠っている。あたりは物音ひとつしない。庭園を囲む塀の向こうでは夜の町が眠りについていた。灯火管制下の暗闇にいると、ここが町中であるとはとても思えなかった。立ち並ぶ家も、軍隊や戦争もまるで別世界のできごとのようだ。星空を見上げながら横になっている直と玲子のふたりだけが、この世界で生きているような気がした。これが原爆投下前夜の直の思い出である。 ふたりは夕闇せまる頃に庭園に入った。そのとき園内にいたのは彼らを含めて四人だけだったが、すぐにもう一組のカップルが出ていき、直と玲子だけが残された。ひっそりとした小道をそぞろ歩き、陰になった草地に腰をおろした。蝉の鳴き声に耳を傾け、ときおり亀が水の中に飛び込むのを眺めた。夏のこの時期、園内は花に満ち、馥郁とした香が漂っていた。アメリカとの戦争が始まってもうすぐ四年、多くの町が空襲で焼かれているにもかかわらず、この庭園・・・
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