ネオ・ダダの逆説―反芸術と芸術

著者:菅 章【著】
出版社:みすず書房

商品説明

内容説明

60年代に大暴れした前衛美術集団“ネオ・ダダ”とは何だったのか。赤瀬川原平、篠原有司男、磯崎新ら若きアーティストが結集し、破壊と創造を繰り返した先駆的活動を検証する「反芸術」論。



目次

第1部 ネオ・ダダ盛衰史(新宿ホワイトハウスからネオ・ダダへ;ネオ・ダダと反芸術;アヴァンギャルド以後のネオ・ダダ)
第2部 ネオ・ダダイスト列伝(吉村益信;風倉匠;赤瀬川原平;磯崎新)



著者等紹介

菅章[スガアキラ]
1953年大分県に生まれる。東京造形大学卒業、鳴門教育大学大学院修了。1999年より大分市美術館に勤務。2010年、同館館長に就任。国際美術評論家連盟会員。全国美術館会議理事。1998年、「ネオ・ダダJAPAN1958‐1998―磯崎新とホワイトハウスの面々」を企画。以後、戦後日本のアヴァンギャルド芸術の研究及び現代美術の展覧会を企画している(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)



出版社内容情報

前衛美術集団〈ネオ・ダダ〉は、「読売アンデパンダン展」を主な舞台に発表していた美術家が吉村益信のアトリエ「新宿ホワイトハウス」を活動拠点とし、1960年に結成したグループである。当初〈ネオ・ダダイズム・オルガナイザーズ〉と称した彼らの活動期間は極めて短く、破壊的なイメージだけが先行した。しかし、メンバーは美術史的に見ても逸材ぞろいで、吉村、赤瀬川原平、風倉匠ら大分出身の美術家を中心に、篠原有司男、荒川修作、田中信太郎、吉野辰海など才気あふれる若者が集結した。グループ周辺には工藤哲巳や三木富雄、建築家の磯崎新などがいた。この顔ぶれと密度ゆえ、日本の現代美術は〈ネオ・ダダ〉から始まったといっても過言ではない。
街頭での奇矯なパフォーマンスや作品の体(てい)を成さないオブジェの展示など、公衆には理解しがたい過激な作風は数々の論争を巻き起こしたが、フルクサスなど欧米の前衛芸術と時代精神を共有した先駆的な活動であった。記録写真以外に作品をほとんど残さず、解体後はメンバーの半数以上が渡米するなど、グループとしての表現行為の意義や成果が見えにくい面はあったものの、反芸術から非芸術、超芸術など、多様な芸術の様相(モダリティ)と関係し、破壊と創造を繰り返しながら浮上した。
〈ネオ・ダダ〉縁(ゆかり)の地である大分の美術館で長く前衛芸術を考究し、展覧会企画で彼らを検証し続けた美術史家が、満を持して送る「反芸術」論。




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