信楽焼について |
【信楽焼の歴史】 日本六古窯の一。滋賀県甲賀郡信楽町。その創始は太平時代に遡り、隣接の伊賀丸柱焼と関係があったとも伝えられる。信楽では古くから種壷などの農具や雑器を焼き、これを古信楽という。 室町時代になって茶道が盛んになり、武野紹(たけのじょうおう)や千利休が指導して上手の茶器をつくらせた。いわゆる紹信楽、利休信楽、遠州信楽である。 |
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【信楽焼の特徴】![]() 信楽焼の特徴は長石の混じった胎上で、焼け縮みが大きい。肌は一般に赤茶色、時に長石の溶けた乳白班が入る。元来無釉の焼締だが自然の灰釉がふりかかり、後代には調合した灰釉を用いた。大半は無銘。 ロクロ台にはさみ込んだ日本の桟跡を足駄印と称し、窯印に代用した作もある。盆器としては大物〜超大物の培養鉢も有名。 「近代出版発行 盆器大図鑑上巻」より引用 |
【現代の信楽焼植木鉢(水鉢を含む)の特徴】 1.伝統的な登窯による焼成は、こと植木鉢・水鉢に関しては焼かれなくなりました。 2.今日ではガス窯・重油窯による現代的な焼成法に変えられ、安定した焼きもの作りとなりました。 3.その結果、多様な釉薬が開発・使用されることが可能となり、従来の形のものから信楽焼の伝統を踏まえ、ろくろを使った手作り或はたたら作りによる手作りが高級感を醸しだし現代の信楽焼の充実ぶりと賑わいを生み出しているかと思われます。 |