内容情報
中国史上、最も篤く仏教を信仰し、「皇帝菩薩」と呼ばれた梁の武帝。しかし最期は武将の侯景の侵入に遭い、王朝は滅亡、自身は幽閉され餓死する。
果たしてそれは仏教溺信が招いた悲劇だったのか。
類い稀な皇帝のドラマチックな生涯とその時代の精神を巧みに鮮やかに描き出した傑作。
待望の文庫化!!
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武帝は、その豊かな教養の内容においても、またその精神の方向においても、六朝の知識人――士大夫の典型であったことを示している。このことは、武帝が時代の子であったことを、とりわけ時代の動きに敏感な人物であったことを物語るものであろう。けれども武帝は、単なる時代の子であるというだけには止まらなかった。天子という、世にも稀な地位を与えられた結果として、武帝は常に梁代文化人の先頭に立ち、そしてまたその保護者としての偉大な足跡を残した。まことに梁朝五十年の治世は、南朝文化の黄金時代と呼ぶにふさわしいものであったが、この盛世の出現は武帝個人の力に負うところが少くなかった。もし武帝が現われなかったとすれば、梁朝の絢爛たる文化は生れなかったであろうし、南朝文化もその特色を十分に発揮する機会を失っていたことであろう。この意味では、まさしく武帝は梁朝文化の育ての親である。この時代の子にして、同時に時代の父であるという二重の性格は、武帝をして南朝文化の象徴と呼ぶにふさわしいものにさせる。ここでは、武帝を借りて時代を語り、また逆に時代を借りて武帝を語ることが許されるであろう。
(序説より)
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【本書の構成】
一 序 説
二 六朝時代の性格
三 武帝の生立ち
四 武帝の政治
五 梁代の文化と武帝の教養
六 武帝と仏教
七 梁の滅亡――侯景の乱――
あとがき
参考文献略
南朝世系表
南朝年表
解 説 船山 徹(京都大学人文科学研究所教授)