竹工芸 菓子切り 寒竹ようぢ 竹楊枝 5本入り 長さ約15cm 国産竹 天然素材 塗料・防腐剤不使用 此君亭工房 送料込
寒竹は、寒中に筍が出ることからそう呼ばれています。九州の山地には野生ものもありますが、一般には観賞用や生垣として植えられています。
普通の竹とは異なる空洞の無い素材の特徴を生かし、先端を斜めに削った形状のようぢを作ってみました。羊羹のような固煉りの和菓子はもちろん、果物のフォーク代わりとしても使えます。
一本一本手作りの為、長さや太さ、多少のサイズの違いがありますが、それも味わいのひとつと思いお楽しみください。
塗装・防腐剤は一切施していない為、ご使用後は水分を十分ふき取り、その都度よく乾燥させてください。
[サイズ・入数] 長さ約15cm×5本入り(※手作りのため若干の差があります。)
[製造元] 此君亭工房
[区分] 日用品
竹工芸家の逸品をご自宅または贈り物に
■寒竹ようぢ
寒竹は、寒中に筍が出ることからそう呼ばれています。九州の山地には野生ものもありますが、一般には観賞用や生垣として植えられています。 立地条件により成長は様々で、楊枝としての太さにふさわしい3年以上の素材を見つけることに苦労する為、工房の一画で管理しています。 普通の竹とは異なる空洞の無い素材の特徴を生かし、先端を斜めに削った形状のようぢを作ってみました。 羊羹のような固煉りの和菓子はもちろん、果物のフォーク代わりとしても使えます。 一本一本手作りの為、長さや太さ、多少のサイズの違いがありますが、それも味わいのひとつと思いお楽しみください。 自然の風合いをお楽しみいただくため、塗装・防腐剤は一切施していません。ご使用後は水分を十分に拭き取り、その都度よく乾燥させてください。
ご用意できる手漉き和紙でようじをたとう包みしてお送りいたします。 贈答用にもおすすめです。
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■此君亭工房について
「何ぞ一日も此の君なかるべけん也(何可一日無二此君一耶)」 中国晋代の書家・王徽之が、竹の美しさを愛でて詠んだ漢詩に由来し、自らの工房を「此君亭」と名付けたのは、のちの人間国宝となる若き日の生野祥雲斎です。 1928年(昭和3年)日豊線の車窓から「空き部屋あります」の張り紙をたまたま目にした祥雲斎は、別府湾を臨む大分市白木に工房を構えます。 以後生涯をこの土地で過ごし、亡き後は息子の生野徳三に引き継がれ、今日に至っています。 ここで仕事し生活をする親しい方々と庭を愛でながら同じひとときを過ごす、そんな時間の流れる工房は、今も昔も変わりません。
親子二人の竹工芸家は、作家としてその地位を確立し、美術館に所蔵されている大作も数多く制作していますが、普段使いの小品も手掛けています。 此君亭工房は、祥雲斎から伝承されてきた形に加え、徳三が新たにデザインを手がけ、時代に合った品々を造り続けてきました。 竹ならではの美しさ、手仕事、そういった味わいをより多くの方々に知っていただき、日常の生活が豊かで安らぎのあるものになれば、この上ない喜びです。
生野徳三 1942年(昭和17年)大分市に生まれる。武蔵野美術大学彫刻科卒業後、父 生野祥雲斎に師事。自由な創造による独自の作風を展開し、1979年(昭和54年)に日展初入選、以後毎回入選し、1998年(平成10年)日展特選受賞、2016年日本新工芸展で文部化学大臣賞など数々な賞を受賞。 海外からの評価も高く、メトロポリタン美術館やサンフランシスコ アジア美術館などにも所蔵されている。
生野祥雲斎(1904年-1974年) 1904年(明治37年)現別府市に生まれる。19歳で竹工芸を学び、21歳の時に独立。1928年(昭和3年)に大分市に居“此君亭工房”を構え、1938年〜1946年まで商工技手として後進の指導にあたった。 1940年(昭和15年)に文展に初入選。以来、文展に出品し、1943年(昭和18年)には特選となり、様々な賞を受賞。 1967年(昭和42年)に竹工芸初の重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定された。
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商品名 | 寒竹ようぢ |
名称 | ようじ |
材質 | 寒竹 |
サイズ | 長さ約15cm・5本入り (直径約6mm、先端約3mm) ※天然竹をそのまま使用した手作りのため若干の差があります。 |
商品コード | J4582409025519 |
ご注意 | ●機械ではなく、ひとつひとつ手作りの為、多少のサイズの違い、色合い、模様の違いがございます。素材に合った形状に仕上げていますので、自然の味わいとご理解ください。 ●表面の塗装、防腐剤等の処理は施しておりません。湿気の多い場所ではカビが生じる場合がございます。ご注意ください。
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製造元 | 此君亭工房 大分県大分市下白木14組 |
区分 | 日本製・日用品 |