片側を闇にのまれてそよぐ樹を観ればかつてのわたくしならん
楠誓英の歌は片側の闇を何かに捧げている。それを神と言ってもいいし、生の根源的な苦と言ってもいいだろう。闇は光に先立つ。
だが、一首ののちに〈わたくし〉は自由を得て沈黙する。夜空を渡る鳥たちのように、存在そのものがおそらくは光の言葉となって。
水原紫苑
【五首選】
木の下の暗がりのなか雨をみる禽(きん)のまなこになりゆく真昼
薄明をくぐりて眠るわがからだ枕の下を魚(うを)が泳ぎぬ
ことのはの手前によこたふ幽暗よやまは深々とうずくまりをり
朗読の声の途切れて右耳からざんと抜けゆく白き両翼
透明な傘ゆゑ君の両肩は灯にさらされて夜に沈みぬ
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