「モジュール化」対「すり合わせ」―日本の産業構造のゆくえ/中田行彦、安藤晴彦、柴田友厚
■本書の目的
なぜ,ここまで日本のものづくりは崩壊してしまったのだろうか?
日本は,スマートフォン(スマホ),液晶,半導体,太陽電池などでも,世界シェアを急激に低下させた。
なぜ日本の競争力は急激に低下してしまったのか?
その原因として,個別企業の競争戦略,経営者の経営判断とともに,「産業構造」の変化が大きく影響する。
経営戦略,経営者の経営判断とともに,「産業構造」の変化が大きく影響する。
「産業構造」とは,経済全体を構成する各種の産業の比重や仕組みや関係を意味する。つまり産業の外部環境であり,この外部環境とその変化に,あらゆる産業が影響を受ける。
この産業構造の変化に対応できなければ淘汰される。
日本はグローバルな産業構造の変化に対応できていないのではないか。このグローバルな産業構造の変化を,ビジネス・アーキテクチャの視点で分析することが目的である。
この研究の意義は,ビジネス・アーキテクチャの概念を再定義し,その変化がグローバルな産業構造に与える影響を明らかにすることである。
その最終的な目的はグローバルな産業構造に対応できる日本の産業構造への指針を与えることである。
■本書の分析フレームワーク
モジュール化のバイブル『Design Rules: The Power of Modularity』が2000年に発行された。経済産業研究所は,著者のボールドウィン教授を招き,モジュール化を徹底討論した。その会議のアウトプットとして『モジュール化 新たな産業アーキテクチャの本質』が2002年に出版された。また,『Design Rules』を,安藤氏が翻訳され『デザイン・ルール モジュール化パワー』として2004年に発行された。この頃は,日本では分析フレームワークとしてビジネス・アーキテクチャ,つまり「モジュール化」,「すり合わせ」が大きな領域を占めていた。
しかし,その後は国内での研究や実践は必ずしも活発とはいえず,分析フレームワークとしてはマイナーな存在となっていった。
しかし,私は,ビジネス・アーキテクチャは現在でも有効な分析フレームワークであると信じている。このため,ビジネス・アーキテクチャという分析フレームワークで,産業構造を分析することにした。
■本書の経緯
本研究は,研究課題「ビジネス・アーキテクチャの変化が産業構造に与える影響の調査分析」が,公益財団法人 産業構造調査研究支援機構に採択されたことに始まる。
研究メンバーは,中田行彦(立命館アジア太平洋大学),安藤晴彦(経済産業研究所,電気通信大学,一橋大学),柴田友厚(東北大学)からなる。
中田行彦は,研究メンバーをグループ形成し研究助成に申請する役割を果たした。なぜグループ形成できたかについて述べておく。
中田は,シャープに33年間勤務したが,2001年から3年間横浜に出向していた。この時に「シリコンバレー研究会」が経済産業研究所で開催され参加した。これが「シリコンバレー研究会」を主催され場所を提供されていた,安藤晴彦氏との出会いである。その後2004年に,私が立命館アジア太平洋大学で「技術経営」を教育・研究するために異動する時に,安藤氏から「モジュール化」について指導をいただいた。これが,本書でも第7章で記載している液晶産業をビジネス・アーキテクチャで分析する研究に結びついた。この研究で,立命館大学から2つ目の博士(技術経営)をいただいた。安藤様は,私の師匠であり恩人である。
柴田友厚氏とは,研究分野が同じ「技術経営」であり,同じ分析手法であるビジネス・アーキテクチャを用い,また同じく企業出身であることから懇意となった。
このように,メンバーの3人は,ビジネス・アーキテクチャという分析フレームワークで結びついており,グループ形成できたのである。
また,成城大学の中馬宏之教授には,安藤氏から依頼していただき,本書に寄稿していただくと共に,本研究会の基調講演をお願いした。私が,中馬教授を知ったのは,「日経マイクロデバイス」の2007年3,4月に掲載された「日本はなぜDRAMで世界に敗れたのか:その敗因の根幹を検証する(1,2)」であった。DRAM量産品の製品別のチップ面積,同じ容量(メガビット)別の各社チップ面積の推移,DRAM開発品のチップ面積とセル面積,各社DRAMの断面図。詳細なデータを駆使し,これだけ精緻に分析できるのかと驚嘆した。熟達した内外の科学者・技術者・技能工の方々との長期間にわたる血の出るような“真剣勝負”により現段階の認知レベルに到達されたことが,この論文のグラフ等の端々から現れている。私は,幸いにして,シャープの液晶の研究・開発,そして生産の「現場」近くにいた。このため,本書でも書いているが,事例を基に「現場感覚」をデータに焼きなおす手法を用いている。私の「現場感覚」を遥かに超えた,精緻な分析に圧倒されたのである。また,中馬先生ご自慢の多くのパソコンの基板も見せていただいた。
このような,4名で本書を書けるのはうれしい限りである。
■□ 著者のプロフィール ――――――――――――――□■
中田 行彦 (なかた・ゆきひこ)
1946年,京都生まれ。1971年神戸大学大学院卒業後,
早川電機工業(現・シャープ株式会社)に入社。以降,33年間勤務。太陽電池の研究開発に約18年,液晶の研究開発に約12年関わり,液晶事業本部技師長等を歴任。その間,米国のシャープアメリカ研究所研究部長等の3年間米国勤務。
2004年から,立命館アジア太平洋大学の教授として「技術経営」を教育・研究。
現在,立命館アジア太平洋大学大学院経営管理研究科教授(技術経営)兼同大学アジア太平洋イノベーション・マネジメント・センター(AP-IMAC)センター長
2009年10月から2010年3月まで,米国スタンフォード大学客員教授
工学博士(大阪大学),博士(技術経営:立命館大学)
主要著作:
「シャープ『液晶敗戦』の教訓:日本のものづくりはなぜ世界で勝てなくなったのか?」実務教育出版,2015年1月(単著)
「震災復興政策の検証と新産業創出への提言」 東北大学大学院経済研究科 地域産業復興震災調査研究プロジェクト編
「日・中・台・韓企業の技術経営比較 ケースに学ぶ競争力分析」 編著 福谷正信(第2章 液晶事業から見たシャープの競争戦略 中田行彦)中央経済社,2008年8月
安藤 晴彦 (あんどう・はるひこ)
1961年,東京都生まれ。1980年東京大学理科一類入学,1985年法学部第二類卒業後,通商産業省(現・経済産業省)入省。中小企業の経営革新,異業種交流,ベンチャー企業政策,電気料金制度,繊維産業政策,燃料電池や新エネルギーなどクリーンテックの研究開発と社会実装,省資源ものづくり,イノベーション政策,国際標準化を含む知的財産政策などを担当し,モジュール化理論の政策応用を実践。
現在,経済産業省通商政策局勤務。電気通信大学客員教授,一橋大学国際・公共政策大学院客員教授兼資源エネルギープロジェクト・ディレクター ,経済産業研究所コンサルティングフェロー,ビジネス支援図書館推進協議会理事。
教職歴
2004年4月から現在まで電気通信大学客員教授,
2012年8月から2014年7月まで一橋大学大学院法学研究科特任教授(現在は国際・公共政策大学院客員教授)。その他,早稲田大学理工学研究科非常勤講師(2006-2007年度),京都大学大学院エネルギー科学研究科客員教授(2007年度),上智大学外国語学部非常勤講師(2007年度)
主要著作:
「エネルギー新時代のベストミックスのあり方―一橋大学からの提言」第一法規,共編著 2014年)
「資源循環型社会のリスクとプレミアム」共著 慶應義塾大学出版会 2009年
Corporate Governance in Japan: Institutional Change and Organizational Diversity 共著 Oxford University Press 2007年
「燃料電池 実用化への挑戦」 共著 工業調査会 2007年
「デザイン・ルール モジュール化パワー」訳書 東洋経済新報社 2004年
「日本経済 競争力の構想」 共著 日本経済新聞社 2002年
「モジュール化 新たな産業アーキテクチャの本質」 共編著 東洋経済新報社 2002年
柴田 友厚 (しばた・ともあつ)
1959年,札幌市生まれ。1983年京都大学理学部卒業後,ファナック株式会社,笹川平和財団,香川大学教授を経て,2011年4月から東北大学大学院経済学研究科教授。「イノベーション論」担当。
筑波大学大学院経営・政策科学研究科修士課程修了(MBA)
東京大学大学院工学系研究科先端学際工学専攻 博士課程修了(学術博士)
主要著作:
「製品アーキテクチャの進化論 システム複雑性と分断による学習」白桃書房,2002年(共著)
「モジュール・ダイナミクス イノベーションに潜む法則性の探求」白桃書房,2008年 (単著)
「マネジメント・アーキテクチャ戦略」オーム社,2009年(共著)
「日本企業のすり合わせ能力−モジュール化を超えて」 NTT出版,2012年 (単著)
中馬 宏之(ちゅうま・ひろゆき)
1952年生まれ。1975年一橋大学経済学部卒業,1980年筑波大学経営・政策科学研究科修士課程修,1984年ニューヨーク州立大学バッファロー校経済学部博士課程修了,同校よりPh.D.(経済学)。
職歴:
1975年〜1978年大成建設株式会社,1984年南イリノイ大学カーボンデール校経済学部助教授,1985年〜1992年東京都立大学経済学部助教授,1986年〜1987年エール大学経済学部客員研究員,1992年一橋大学経済学部助教授,1993年一橋大学経済学部教授,1999年〜2015年一橋大学イノベーション研究センター教授,2000年〜2001年エール大学経済学部客員教授,2000年〜独立行政法人経済産業研究所 ファカルティフェロー,2004年〜2007年3月文部科学省科学技術政策研究所 客員総括主任研究官,2009年7月〜総合科学技術会議・基本政策専門調査会専門委員
現在 成城大学 社会イノベーション学部 政策イノベーション学科 教授。
研究分野:半導体産業(デバイス,装置,材料)の競争力に関連した経済・経営分析
主要著作:
「サイエンス型産業におけるイノベーション・プロセス調査:『日本物理学会』版アンケート調査報告」調査資料 No. 172, 文部科学省科学技術政策研究所, 2009(共著:近藤章夫)
「DRAM日本勢の敗因を再検証,見過ごされた実装技術の真価」 『日経マイクロデバイス』69-76頁 ,2009 (共著:安生一郎,橋本哲一)
「『サイエンス型産業におけるイノベーション調査』から見えてくるもの」 『電子情報通信学会誌』 91巻 9号 798-803頁, 2008
「応用物理学会イノベーション・プロセス調査の含意」 『応用物理』 77巻 7号 787-793頁, 2008
「生産情報システムは雇用の非典型化を促すか」 『一橋ビジネスレビュー』 55巻 3号 66-83頁, 2007 (共著:川口大司)技術政策研究所, 2007
「日本はなぜDRAMで世界に敗れたのか:その敗因の根幹を検証する (2)」 『日経マイクロデバイス』43-50頁, 2007